思考編:第14回|「自己肯定感 VS 逃げること」

思考編

「また逃げた」

そう言って、自分に判決を下していませんか。

逃げた。
手が止まった。
見るのをやめた。
閉じた。離れた。後回しにした。

そういう瞬間、人はよく
「私はダメだ」
「結局、根性がない」
「また続かなかった」
と、自分の価値まで下げてしまいます。

でも、ここで一度止まりたいのです。

本当に問題なのは、
逃げたことそのものでしょうか。

もしかすると問題は、
“逃げる”を全部ひとまとめにしていることかもしれません。

逃げることには、少なくとも2種類ある

同じ「離れる」でも、中身は同じではありません。

① 自分を守るための撤退

  • 体力が切れている
  • 頭が回らない
  • このまま進めると余計に壊す
  • 判断が荒くなっている
  • 今日はもう精度が出ない

これは、逃げではありません。
保全です。

これ以上の損傷を防ぐための行動です。
布を守る。時間を守る。自分を守る。
そういう意味では、むしろまともな判断です。

② あとで自分を苦しめる先送り

  • 見たくないから閉じる
  • 決めたくないから別の作業に移る
  • 失敗を見たくないから放置する
  • 気になるのに、手だけ遠ざける
  • 離れたあとも頭の中ではずっと引っかかっている

こちらは、回復になっていません。
課題を処理したのではなく、
見えない場所に移しただけです。

だから苦しいのです。

逃げたのに休めていない。
離れたのに軽くなっていない。
しかも最後に「私は弱い」で締めてしまう。

それは、しんどくて当然です。

「自己肯定感が低いから逃げる」と決めつけなくていい

こういうとき、便利な言葉があります。

自己肯定感。

たしかに、自分を責めやすい人はいます。
失敗を大きく受け取りやすい人もいます。
「うまくできなかった=自分に価値がない」とつなげやすい人もいます。

でも、現場で起きている停止をよく見ると、
それだけで片づけるには雑すぎることが多いのです。

たとえば、

  • 作業単位が大きすぎる
  • 何を先に決めるか曖昧
  • 一回で正解を出そうとしている
  • 確認ポイントがない
  • 失敗の許容量がゼロ
  • 途中の仮止めが設計されていない

こういうとき、人は止まります。

つまり、
自己肯定感が低いから逃げるのではなく、
逃げたくなる設計になっていることがあるのです。

ここを無視して、
「もっと自分を信じよう」
「前向きに考えよう」
だけで乗り切ろうとすると、かなり苦しい。

必要なのは、気合いより先に
分解です。

逃げたあとに反省より先に見るもの

逃げたあと、やりがちなのは反省会です。

  • またできなかった
  • なんで私はこうなんだろう
  • ちゃんとやればよかった
  • もっと頑張れたはず

でも、それだけだと次に活かせません。

研究室で見たいのは、判決ではなく観察です。

自分に聞くことは、3つで十分です。

1. 何から逃げたのか

作業そのものですか。
失敗を見ることですか。
決める責任ですか。
終わらない感じですか。
誰かに見せる怖さですか。

「逃げた」と一括りにせず、
対象を特定するだけで、かなり解像度が上がります。

2. その場で足りなかったものは何か

時間ですか。
体力ですか。
情報ですか。
判断基準ですか。
相談相手ですか。
途中確認の方法ですか。

足りなかったものが分かると、
問題は「人格」ではなく「条件」に戻ります。

これは大きいです。

3. 今の自分にできる最小単位は何か

  • 縫う → 今日はやめて、印だけつける
  • 直す → 今日はやめて、写真を撮って比べる
  • 完成させる → 今日はやめて、1か所だけ確認する
  • 決める → 今日はやめて、候補を2つまで絞る

ここまで小さくすると、
「やるか・やらないか」ではなく
戻れるかどうかの問題になります。

そして多くの場合、人は
“全部やる”は無理でも、
“少し戻る”ならできます。

休んだつもりで休めていないとき

やっかいなのは、ここです。

体は離れている。
でも頭は離れていない。

別のことをしていても、
ずっと気になっている。
罪悪感がある。
落ち着かない。
でも再開もできない。

これは休みではありません。

決められないまま抱えている時間は、休みではない。

この状態で必要なのは、
「もっと頑張る」ではなく、
未処理の塊を小さくすることです。

たとえば、

  • 今日は“直す”ではなく“状態を言葉にする
  • 今日は“完成”ではなく“比較写真を残す
  • 今日は“判断”ではなく“次に見る箇所を1つ決める

こうすると、
自分の中の未処理が減ります。

未処理が減ると、
人は少し休めます。

自己肯定感は「私はすごい」と思えることではない

自己肯定感という言葉は、
どうしても「自信がある」とか
「自分を好きでいられる」とか、
そういう明るいものとして語られやすいです。

でも現場で本当に効くのは、
もっと地味な力だと思います。

それは、

止まった自分を見ても、手順に戻せること。

すぐ立ち直れなくてもいい。
落ち込まなくてもいいわけでもない。
怖い日があってもいい。

それでも、

  • 何から逃げたのか
  • 何が足りなかったのか
  • 何なら今できるのか

ここに戻れるなら、
それはかなり強いです。

自分を雑に責める代わりに、
自分を観察できる。
観察から次の一手を作れる。

研究室では、そこを育てたいのです。

逃げた自分を見たときの、新しい見方

次に「また逃げた」と思ったとき、
すぐに自分を裁かなくて大丈夫です。

先に確認したいのは、この2つです。

それは保全だったか?

  • 今続けたら悪化していたか
  • 精度の出ない状態だったか
  • 一度離れるほうが被害が少なかったか

それとも先送りだったか?

  • ただ見たくないだけだったか
  • 決める責任から離れたかったか
  • 頭の中ではずっと終わっていなかったか

この区別がつくようになると、
「逃げた=弱い」が少し崩れます。

そしてその分だけ、
次の戻り方が作りやすくなります。

研究室の結論

逃げることが悪いのではありません。

問題なのは、
保全の撤退と、苦しくなる先送りを混同することです。

撤退は、守るための判断。
先送りは、未処理を増やす行動。

この二つを分けて見られるようになると、
自己肯定感の話は少し変わってきます。

自分を好きになれるかどうかより先に、
止まった自分をどう扱うかが整ってくるからです。

自分を責めるのではなく、観察する。
観察したら、最小単位に戻す。
戻せたら、次に進める。

それで十分です。

逃げたことを責める前に、その離脱が保全か先送りかを分けて見よう。

今日の研究メモ

あなたが最近「逃げた」と感じた場面は、
自分を守る撤退でしたか。
それとも、あとで苦しくなる先送りでしたか。

柱2「自己嫌悪の正体:あなたがサボってるからじゃない」

柱2「見切り発車で始めてOK。でも“ここだけ”決めよう」

柱1「“縫えない”じゃなくて“決められない”が原因だった話」

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